日印関係は古く、六世紀に仏教が日本に伝播した頃より始まり、長い歴史のなかで価値観や精神性を親和させてきましたが、
実際の人的交流は近代に入ってからでした。明治後期から多くのインド人が日本に移住し、とくに神戸を中心にコミュニティを
形成し、何世代も生活をしてきたことは、案外に知られていません。
折しも友人に教えてもらった「The Namesake」という、インド人移民テーマにした素晴らしい小説にインスパイアされ、
日本におけるインド人社会の在りようを写真で表現したいと考えていたところ、ニキレーシュ・ギリ総領事と出会い、
インド総領事館の多大なサポートのもと、関西におけるインド人社会の古今とこれからを写真で追う、
まさに思い描いていた通りの制作プロジェクトを始めることになりました。
私たちはこの作品のテーマを、Flows としました。
グローバル化、というメガトレンドはさながら大きな川の流れのようで、何一つその形を変わらずに留めおくことはなく、
人々の価値観或いは社会を変容させていきます。インドにおける聖なる河がガンジスであることはよく知られていますが、
過去、やがて過去になっていく現在と未来。それらは、全てガンジスのような大きな流れ(Flows)の中にある。
この流れを撮影で以って切り取っていく作業は、私たちにとっても非常に考えさせられることの連続でした。
撮影した写真は古典写真技術を用いて制作し、更にそれをデジタル技術と融合させ新たな表現を試みました。
世界に一枚しか存在しない古典写真の風合いとデジタルの融合で、
時代の推移や価値観の変化を巧みに描き出すことが出来たと思います。
今後何十年か経てば、移民という言葉は陳腐になるほど、日本においても外国文化の受容と融和が更に進むでしょう。
その中で、変わっていくものは。変わらないものは。
本プロジェクトが、グローバル化の潮流の中で変化する関西のインド人社会を後代まで記録し、
観覧頂ける皆様に今後のグローバル化の行方を考える一つの切欠となれば幸いです。
このような機会を与えて頂いたニキレーシュ・ギリ総領事をはじめインド総領事館の皆様、
撮影に協力頂きました皆様に、心から感謝します。
谷村良太・若林久未来・松本和史
機械メーカーの株式会社クボタで新興市場向け海外営業に従事する傍ら、写真や小説・エッセイといった文芸領域での創作活動を行う。 文芸活動は阪神電気鉄道・日本旅行作家協会主催の第十回ハービス旅大賞エッセイ部門入賞、写真は第一回クラシカル・フォトグラフにヴァンダイクブラウンプリントを用いた作品制作で出展。本展の構想やストーリーテリング、撮影を担当。
インド人移民の多くは、前世紀の半ば、インドから香港に渡り、香港から横浜や神戸を目指した。彼らは東洋一の港である神戸に下り立ち、居留地に屹立する壮麗な欧風建築に心奪われ、明日の成功を夢見た。
制作年:2021年
古くからの日本におけるインド移民の主要なビジネスは、繊維業に加えて、真珠の取引だった。今なお神戸は世界的な真珠の取引市場であり、この分野において半世紀以上もの間、神戸のインド人商人が果たしてきた影響力は大きいものがある。
制作年:2021年
人は移ろう。比較的コンサバティブな価値観を持つインド文化においても、移民の価値観は世代によって大きく異なっている。それぞれの世代が持つ価値観はそのギャップを埋められず、分岐する。
制作年:2021年
京都大学には、教授から学生に至るまで、極めて優秀なインド人が集結している。 多くの留学生達は学び舎である京都大学を巣立ち、ドイツ、東京、カナダ、アメリカと、更に活躍の場を世界に広げようと各国へと旅立っていく。京都大学を中心に、若きインド人学生達が行き交う躍動感の表現を試みた作品。
制作年:2022年
京都大学には、教授から学生に至るまで、極めて優秀なインド人が集結している。多くの留学生達は学び舎である京都大学を巣立ち、ドイツ、東京、カナダ、アメリカと、更に活躍の場を世界に広げようと各国へと旅立っていく。
京都大学を中心に、若きインド人学生達が行き交う躍動感の表現を試みた作品。
Come and Go 1とは異なるカラータッチで、過去・現在・未来の表現に挑戦した。
制作年:2022年
京都大学の物質 - 細胞統合研究拠点であるICEMSでは、ガネーシュ教授を中心としたインド人留学生、研究者達が世界最先端の細胞研究に取り組んでいる。その中では、女性研究者達の活躍も目立つ。彼女たちは、そのロール・モデルと言って良い。
制作年:2022年
数あるインド舞踊の中でも中東にルーツを持ち、動きが大きいカタック・ダンスをヴァンダイク・プリントとカラーで表現した。カタック・ダンスを学ぶ日本人も、伝統を吸収し、独自のカタック・ダンスのスタイルを構築していく。まさに、文化は形を変えて、国籍の異なるが志を持った人間に継承されていくのである。
制作年:2022年
アジア人初のノーベル文学賞を受賞したタゴールの一族をルーツに持つマヤ・タゴールはインド人の父と日本人の母の間に生まれた。
生まれながらに日印両国の文化に触れて育った彼女は、幼い頃から多様な価値観を受容し、グローバルな感性を培ってきた。
自分の精神のルーツがある日印両国を愛する彼女は、流暢な英語と日本語を使い、テレビのリポーターやイベントオーガナイザーとして長く活躍してきた。今も、日本とアメリカを行き来しながら生活する彼女のアイデンティティは、関西にある。
制作年:2022年
神戸のインド人コミュニティは、1920年代半ばから大きくその規模を拡大した。
インド人移民の多くは、貿易を中心としたファミリービジネスを持ち、人生の大半の時間を日本で過ごした。
例えば彼は2歳で来日し、北野の異人館街で育ち、幼い頃から日本人の友人に囲まれ、日本語を聞いて育った。人間のアイデンティティ、価値観は生まれ育った環境多くを規定される。
国際都市である神戸で多様な文化を受け入れ育ったその顔立ち、立ち振る舞いには、日本やインドの影
響が滲み出ている。彼らの故郷は、いったいどこなのだろうか。
制作年:2023年
今ほどグローバル化が進展していない時代に、国際結婚は珍しかったに違いない。ましては日本とインドのカップルならば、尚更に。ある雑誌の文通欄を通じて知り合った二人は、現代の若者ならば気が遠くなるほど長い時間をかけて文通を繰り返し、イギリスで初めて会い、日本で結婚した。
結婚して四十年を超える彼らは、時代の激動の中で、鴨川の穏やかな流れのように愛情を紡いできた。
子供は京都で生まれ、孫もできた。命は国境を越え、次の世代へと繋がれた。
コミュニティの付き合いを大事にする文化は、インドも京都は、とても親和性が高いと彼らは言う。
鴨川もフーグリー川も、どこかで繋がっているのさ、と彼らは笑った。
制作年:2023年